何もないのに、満たされている日々

 

毎日1時間弱の瞑想が日課になってきました。

 

ここ最近は、

抑圧されていたエネルギーのようなものが流れては出ていき、

正直、もがき苦しむ時間もありました。

 

ですがこのところ、

そういった動きも落ち着き、

ただシーンと静まり帰る時間が増えてきました。

 

たまに小さなエネルギーが出ては消えていく。

そんな感じです。

 

随分と楽になりました。

 

現実の生活も、少し変わってきています。

 

元々物欲は少ない方でしたが、

さらに興味が薄れ、

お金を使わない日が増えました。

 

人付き合いも同じで、

無理に合わせることをやめ、

とてもシンプルになってきました。

 

何もしていないのに、満たされている感覚があります。

 

何かが増えたわけではなく、

ただ余計なものが減っていっただけ。

 

今日もまた、静かに座ります。

 

好きなことを探していたら、すでにその中にいた

私は長い間、

親の仕事を手伝っているような感覚がありました。

 

家業だから。

やる人がいないから。

 

そんな理由で続けている部分も、

正直あったと思います。

 

本当にやりたいことは、

別にあるんじゃないか。

 

そんなことを、

ずっと考えていました。

 

でも最近、

少し考えが変わってきました。

 

休みの日に温泉に行ったり、

薪ストーブの火を眺めたり、

山道をロードスターで走ったり。

 

そういう時間が好きなんですが、

ある時ふと思ったんです。

 

「あれ、これって今の仕事と同じじゃないか」

と。

 

私の仕事は、

古い家具を整えて、

もう一度使えるようにすることです。

 

派手な仕事ではありません。

 

どちらかと言えば、

静かな仕事です。

 

でもよく考えてみると、

私が好きなものは全部そうでした。

 

温泉も、

薪ストーブも、

山道も。

 

どれも、

静かな時間です。

 

古い家具を整える仕事も、

同じでした。

 

古い物を直して、

もう一度使えるようにする。

 

ゆっくりと、

長く使えるもの。

 

それはきっと、

私が好きな暮らしそのものだったんだと思います。

 

今までは

「親の会社をやっている」

そんな感覚がありました。

でも最近は少し違います。

 

自分が好きな暮らしを、

形にする仕事をしている。

 

そんな風に思えるようになってきました。

 

本当にやりたいことは何だろう。

 

ずっとそんなことを

考えていました。

 

でも最近思います。

 

もしかしたら、

ずっとその中にいたのかもしれない。

 

整うより、ほどける方がいい

昨日、サウナに行った。

3セット。

 

世間では「整う」という。

 

確かに、体は軽くなる。

頭も少しクリアになる。

 

でも、何かが強い。

 

刺激が強すぎる。

 

私は思った。

 

ああ、やっぱり温泉の方が好きだ。

 

温泉は、整うというより、

ほどける。

 

外から何かを与えられるのではなく、

内側から静かになる感覚。

 

湯に浸かっていると、

思考がゆっくり沈んでいく。

 

私はたぶん、

刺激で上がるタイプではなく、

静けさで深まるタイプなのだと思う。

 

流行っているものを試してみるのは悪くない。

でも最後は、自分の感覚だ。

 

整うより、

ほどける方がいい。

 

そんな夜だった。

42歳、失敗が怖い。

最近、失敗が怖い。

 

42歳になってから、やけに現実的な不安が増えた。

 

売り上げのこと。

在庫のこと。

父の年齢のこと。

 

そして、資金ショートという言葉。

 

経営をしていると、

常にどこかに数字がある。

 

借金1億円。

金利3%。

年間約300万の利息。

 

それを背負って、本当に眠れるのか。

 

私は攻めたいわけではない。

拡大したいわけでもない。

 

ただ、守りたい。

 

この場所を。

父の仕事を。

働いてくれている人の生活を。

 

守ろうとするほど、

「もし間違えたらどうしよう」と考える。

 

本当に怖いのは、

挑戦して失敗することなのか。

 

それとも、構造を変えずに時間だけが過ぎることなのか。

 

最近、ふと思う。

 

もし自分が本当に社長になるのなら、

変えたいのは売上の数字ではない。

 

構造だと思う。

 

誰か一人に依存しない形。

無理をしない働き方。

静かに続いていく仕組み。

 

大きくするより、整えたい。

 

それができたら、

世の中はほんの少しだけ良くなるのかもしれない。。

 

答えはまだ出ていない。

 

ただ、不安があるということは、

まだ本気だということだと思う。

 

42歳。まだ、決めきれない。

落馬のあとに、また馬に会いたくなる

私は動物が好きだ。

 

話すことがあまり得意ではない。

 

だからこそ、
動物は今なにを感じているのだろう、と考える時間が好きだ。

 

馬に乗っていると、
その温かさが背中から伝わってくる。

 

言葉はいらない。

 

ただ、呼吸と鼓動を感じる。

 

自分の想いが、
たまに馬に伝わる瞬間がある。

 

その瞬間がたまらない。

 

何年か前までは頻繁に通っていた。

 

でも、落馬をしてから遠のいてしまった。

 

正直、まだ怖い。

 

馬は臆病な動物だ。
何かに驚けば、急に走り出すこともある。

 

私はまだ、馬を完全にコントロールできる技量はない。

 

それでも。

最近また、行きたい気持ちが芽生えてきた。

 

馬の背に乗ると、
どこか「戻ってきた」感覚になる。

 

あの静かな時間に、
もう一度触れたいと思っている。

プレイヤーの家族と、仕組みを作りたい私

今は父の会社で働いている。

 

父は古家具をリメイクした家具を作り、
妹はアパレルの仕事をしている。

 

私はその二つの会社を行ったり来たりしながら、
ネットのウェブ担当をしている。

 

借金はあるが、売上は堅調。
会社としては悪くない状態だと思う。

 

ただ、家族の性格が面白い。

父も妹も、いわゆる“プレイヤー型”だ。
自分がやった方が早い、やりたい、任せるより自分でやるタイプ。

 

それに対して、私が憧れているのは真逆の形だ。

ルールや仕組みを作り、
自分がいなくても回る会社にしたい。

 

私は基本的に怠け者なので、
「将来楽になる」と思えるとモチベーションが上がる。

 

よくしたもので、三人が仲良く同じ方向を向ければ、
きっと会社はもっと良くなると思う。

 

一時は家業を離れて就職しようとも考えた。
でも、人が決めた歯車の中で働くのも面白くないと感じた。

 

だから今、ここにいる。

 

最近は、静かに燃えている。

 

派手ではないが、
少しずつ、確実に、良くしていこうと思う。

良い道具は、やる気を必要としない

MacBook Airが届いた日

本日、待ちに待ったMacBook Airが届いた。

さすがアップル製品。
上質なダンボールと高級感のある外箱を開けた瞬間、少しだけ気持ちが高揚する。

色はミッドナイト。
本体を見た瞬間、思わず「かっこいい」と口に出た。

良いものを買った、という感覚は
性能より先に、心を満たすらしい。

 


 

Macを使うのは十数年ぶりだ。

普段Windowsに慣れている私にとって、
操作は正直かなり使いにくい。

マウスがないのもあるのだろう。
とりあえず、

・全画面表示のやり方
・ブラウザで前のページに戻る方法

この2つだけ覚えた。

少しずつ慣れていけばいい。

 


 

それでも、このパソコンには一つだけ
はっきりした価値がある。

「思い立ったらすぐ書ける」

これだ。

画面を開けばすぐ始められる。
ブログを書く人間にとって、これは性能以上の意味を持つ。

書くという行為は、
やる気よりも“抵抗の少なさ”で決まる。

 


 

Macは高い。
だが下取り価格が高いので、長期で見ればむしろ安いらしい。

iPhoneは2年、MacBookは3年周期で買い替えると
コスパがいいと聞く。

合理性で言えばWindowsの方が優れているのは分かっている。

でも所有感は満たされない。

Macは逆だ。
合理性ではなく、気持ちを満たす道具。

人は結局、正しさではなく
気分で行動するのだと思う。

 


 

これから少しずつ慣れていこう。